こんにちは、しゃもじです。
今は5歳と2歳の娘たちを育てながら、平日は学校給食の調理員として働いています。毎日、何百人分もの給食を時間通りに作る。それが今の私の日常です。
でも、今日は少しだけ時計の針を戻して、私が「マタニティブルー」の暗闇の中にいた頃のお話をしようと思います。
今、もし「育児が辛くて涙が止まらない」というお母さんが読んでくれていたら、少しでも「一人じゃないんだ」と思ってほしくて、ペンを執りました。
「他の子より泣き声が大きい」という重圧
初めての育児。期待と不安でいっぱいだった私の前に現れたのは、想像を絶するパワーで泣き続ける長女でした。 産院でも、他の赤ちゃんの泣き声はどこか可愛らしく聞こえるのに、私の娘の泣き声だけは、壁を突き抜けるような大きな声。 家に帰ってからも、何をしても泣き止まない。
当時はまだ今の調理員の仕事も始めておらず、家の中で赤ちゃんと二人きり。社会から切り離されたような孤独感の中にいました。 窓を閉め切り、響き渡る泣き声を聞きながら、私も一緒に泣いていました。
「私は、この子を幸せにできるのかな?」 「この子のママとして、ちゃんとやっていけるのかな?」
そんな答えのない不安に、何度も押しつぶされそうになっていました。自分に母親としての資格があるのかさえ分からなくて、ただただ怖かったんです。
ぎこちなかった、初めてのお風呂
そんな不安の中でも、必死に「お母さん」になろうとしていた記憶もあります。 初めて夫婦二人で娘をお風呂に入れた時のこと。 壊れそうなほど小さな体を抱えて、二人で「これでいいの?」「あ、滑る!」とあたふたして、本当にぎこちなくて……。
あの時の心細さと、それでも「守らなきゃ」と必死だった感覚は、今でも昨日のことのように思い出せます。
救ってくれた、義姉の言葉
当時は、自分のための1杯の味噌汁すら作る気力が湧きませんでした。今は仕事として大量の食材を扱っていますが、当時は台所に立つ余裕なんて全くなかったんです。
そんなボロボロだった私を救ってくれたのは、周りの人の気遣いでした。 特に、夫の姉が助産師をしていて、「それはマタニティブルーだよ」と言ってくれたこと。
その一言で、私は初めて「自分が悪いわけじゃないんだ」と気づくことができました。 専門家である義姉のアドバイスや、周りの温かいサポート。「もう、完璧なママになるのは諦めて、周りに甘えてもいいんだ」と思えたとき、ようやく前を向くことができました。
あとは、時間も味方してくれました。少しずつ娘の泣き声が「コミュニケーション」に聞こえるようになり、ようやく私の心に光が差しました。
【追記】あの時、買ってよかった救世主
初めての育児で、夫婦であたふたしながらお風呂に入れていた私たちを助けてくれたのが、**「空気で膨らませるタイプのベビーバス」**でした。
正直、使う期間も短いし代用できるかな?と思っていましたが、とんでもない。フワフワした縁が赤ちゃんを優しく支えてくれるので、慣れない私たちでも安心して洗ってあげることができました。
「少しでも育児を楽にする道具に頼る」 これも、お母さんの笑顔を守るための大切な「投資」なんだと、今振り返ると思います。
一人で悩まないでほしい
私のブログは「ライフ・インベストメント~母の記録~」です。 お金の投資も大切ですが、私は「自分の経験を誰かのために共有すること」も、立派な人生への投資だと思っています。
あの時の私が一番欲しかったのは、1億円の貯金よりも「それはあなたのせいじゃないよ」という一言でした。
今、この記事を読みながら苦しんでいるお母さんへ。 どうか、一人で悩まないでください。 あなたの育て方が悪いわけではありません。辛い時は周りの力を借りてくださいね。
いつか、この記事を笑って読み返せる日が必ず来ます。
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